トレドサッカークラブ

SOCCER NOW 掲載記事 2014年6月16日(月)

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ひとつのボールが世界をつなぐ
【特集】「日本サッカーの発展に貢献したブラジル人」ジョージ・トレド
“サッカーなう”でトレド監督のインタビューがでていました。(2014/6/16掲 載) 【特集】「日本サッカーの発展に貢献したブラジル人」ジョージ・トレド ジョージ・トレドは、ラモス瑠偉、ジョージ与那城らと共に読売サッカークラブ(現東京ヴェルディ1969)の黄金期を支え、日本サッカーの発展に貢献をし たブラジル人だ。 トレドは1958年にサンパウロの貧しい家庭で9人兄弟の5人目として生まれ、幼い頃から家族を食べさせるためにプロ選手を志す。 1977年にアソシアソン・ポルトゲーザFCに入団後、ブラジルでプロ選手として活躍し、ラモス瑠偉に声を掛けられ1978年に読売サッカークラブとプロ 契約を果たす。以後12年間、読売クラブで日本リーグ優勝5回、天皇杯優勝3回、JSLカップ優勝3回とタイトルを獲得し、天皇杯ではMVP選出されるな ど輝かしい成績を残して、現役を引退。 引退後も日本に留まり、堀越高等学校サッカー部監督などを経て、2009年にトレドサッカークラブを開校。 現役時代から交流があるラモス瑠偉の他、都並敏史、弟であるエジソン、アマラオ(元FC東京)、マリーニョ(元日産、現:横浜F・マリノス)らの協力を得 て、現在はあきる野市を中心に、東京都で子供達にブラジル式サッカーを指導し、U-15、U-17日本代表候補の選手を同クラブにて育成している。 「私が日本に来日した当時は、アマチュアで仕事をしながらプレーしている選手が大半で、チームにはフィジカルトレーナーさえいない時代でした。当時”ジャ パンマネー”に目が眩み、ブラジルからたくさんの選手が来日しました。しかし、大多数のブラジル人は日本サッカーのレベル舐めていたので、ほとんどの選手 が結果を残すことができずに帰国していきました」 帰国していくブラジル人達を尻目に、トレドは日本文化や言葉を学び、積極的にコミュニケーションを図った。 そんなトレドの姿勢は、当時のチームメイト達から信頼を得ることに成功し、Jリーグでプレーした後輩ブラジル人達からも兄貴分のように慕われた。 「来日当初はご飯に味がないことに驚きました。だからマヨネーズやレモンをごはんにふりかけて食べていましたが、今では大好物です。現役時代、よく松木安 太郎に練習後に焼き鳥屋に連れていかれ、朝まで飲み明かしたせいか、焼き鳥と日本酒も大好きです。(笑) 私はブラジル人ですが、もう30年以上日本に住 んでいるので、日本人が持つ勤勉さの大切さを学べました。この勤勉さ、という点に関してはブラジル人は真似できないと思いますし、日本サッカーが目指すべ き方向性だと感じています」 トレドサッカークラブの生徒である小川裕次郎君(13歳)は、トレドの背中を見て、ブラジルサッカーに憧れを抱き、サンパウロに渡り同世代のブラジル人達 としのぎを削った。 「トレド先生はとにかく優しくて、サッカーがうまいです。それにボールタッチのリズムが独特です。ブラジルで、自分の実力をしっかり見極めて自分での足で プロ選手を目指すための現実を受け止めたいです」 トレドが南米と日本の架け橋として長年かけて蒔いてきた種は、日本とブラジルの地で確実に開花しつつある。 この内容の書き下ろしが「南米と日本をつなぐ者達」(ギャラクシーブックスより6月頃出版予定)に収録されます。 (文・写真 栗田シメイ Twitter:@Simei0829)

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